京都の歴史と風情を感じる通り
京都市の中心部を南北に走る細い通りで、烏丸通と東洞院通の間に位置しています。名前の由来は「間(あい)の町」、つまり二つの主要な通りの“間”にあることが由来です。
方向: 南北方向(京都市中心部を南北に走る通り)
範囲:
北は上京区の丸太町通(京都御苑の南側)から、南は下京区の七条通の少し南あたりまで続きます。全長はおよそ2~3キロメートル。
東端: 高倉通の西隣
距離: 約2.5km(北:丸太町通〜南:七条通)
この通りは、北部では京都御苑の「間之町口」、中部では烏丸御池や四条通に近い商業地、南部では渉成園(枳殻邸)などの文化施設に面しており、区ごとに異なる景観を楽しむことができます。
◆ 歴史
間之町通りの起こりは、安土桃山時代の豊臣秀吉による「天正の地割」と呼ばれる都市整備にさかのぼります。
それ以前の京都は戦乱の影響で町筋が乱れていましたが、秀吉が碁盤目状に再整備した際、高倉通と東洞院通の“間”に新たな筋として開かれたのが間之町通りです。
江戸時代には、職人町や町家が建ち並ぶ穏やかな町筋として栄え、町名も「上間之町」「下間之町」など複数の町名に分かれて記録されています。
明治期には京都電気鉄道が一部区間を走ったこともあり、近代の京都を支えた生活道路としての役割も担いました。
こうした背景から、間之町通りは京都の街づくりの変遷を今に伝える歴史的な通りのひとつとされています。
◆ 特徴
間之町通りは、京都の中心市街を静かに貫く“生活の通り”でありながら、所々に寺社や歴史的建物が残り、京都らしい町家の景観を今に伝えています。
北側には京都御苑の緑が広がり、四条通周辺では町家を改装したカフェや工房が点在。南へ進むと東本願寺の庭園・渉成園(枳殻邸)に近く、観光と日常が交差する場所でもあります。
繁華街にほど近いにもかかわらず、喧騒から離れた落ち着きがあり、「歩くたびに京都の時間がゆっくり流れる通り」として、地元の人や京都散策の愛好家に親しまれています。
四季折々の光と影が町家の格子を照らし、歴史と暮らしが共存する風景が、この通りの何よりの魅力で
す。



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