
楊梅通りは、京都市下京区を東西に走る、約800mほどの短い通り。東洞院通から堀川通まで、五条通の一筋南を進んでいる。途中で東中筋通付近が鍵の手に折れるため、歩いてみると「まっすぐな京都の道」とは少し違う表情も見えてくる。
読み方は**「ようばいどおり」**。ただし、京都ではもうひとつ「雪駄屋町通(せったやまちどおり)」という名前でも知られている。
「雪駄ちゃらちゃら」は京都の通り名を覚える歌
京都の東西の通りを覚える「丸竹夷」の通り名の歌にも、楊梅通りの名前が登場する。
「雪駄ちゃらちゃら魚の棚」
この「雪駄」が雪駄屋町通を指している。続く「ちゃらちゃら」は鍵屋町通、さらに「魚の棚」は魚棚通を指す。

藤原定家の『明月記』にも楊梅の名が登場する
この通りの歴史を語るうえで面白いのが、藤原定家の日記『明月記』。
建仁3年(1203)12月5日の記録には、楊梅周辺で火災が起きたことが記されている。つまり、今の楊梅通りにつながる地名は、少なくとも鎌倉時代初期には記録に登場していたことになる。
現在の細い道だけを見ると、そんな古い歴史があるとはなかなか気づかない。
でも、道の名前をたどってみると、平安京の街路と現在の京都が一本につながってくる。