下長者(しもちょうじゃ)通り

基本データ

  • 通り名:下長者町通(しもちょうじゃまちどおり)
  • 方角:東西道路
  • 東端:烏丸通付近
  • 西側:千本通西入付近
  • 所在地:京都市上京区中心
  • 東端の烏丸通付近から、西は千本通周辺まで続く通りで、全長はおよそ 2.5〜3km前後 とされる。

名前の由来

現在の下長者町通は、平安京時代の「鷹司小路(たかつかさこうじ)」にあたる通りとされる。
五摂家のひとつである鷹司家の邸宅があったことから「鷹司通」と呼ばれた時代もある。

「長者町」という名前は、公家屋敷や裕福な町人が多かった地域に由来する説がある。
京都では「上長者町通」と「下長者町通」が対になって存在している。

歴史

平安京の条坊制に由来する古い通りのひとつ。
中世には西側が荒廃した時期もあったが、豊臣秀吉による京都改造で再整備され、現在の京都の碁盤目状の町並みに組み込まれていった。

京都御所西側という立地から、近世以降は公家町・官庁街として発展。
現在でも京都府庁や京都府警本部など行政施設が集まる。

烏丸〜堀川周辺には、

烏丸の護王神社から京都地方検察庁、府警中立売署、京都府職員会館など官庁が並ぶ。この通りには、すっぽん料理の日本一「大市」がある。創業元禄年間(1688~1704)、300年の老舗だ。

和気清麻呂を救った“イノシシ伝説”が有名

護王神社といえば、まず目に入るのが大量の猪像。
狛犬ではなく、狛猪が置かれているのが特徴。

これは和気清麻呂にまつわる伝説が由来。
政争によって九州へ左遷される途中、足を傷つけ歩けなくなった際、300頭もの猪が現れて道案内をし、清麻呂を守ったと伝わる。

そのため、現在では「足腰守護」「健康長寿」「再起」の神様として信仰されている。

境内には全国の猪年生まれの人や、マラソン・サッカー・野球などスポーツ関係者の奉納も多い。

下長者通りは、西陣の日常と職人文化が今も残る通り

下長者通りを歩いてまず感じるのは、観光用につくられていない京都の空気感。
昔ながらの住宅、織屋の名残、町家、静かな商店。生活のリズムがそのまま道ににじみ出ている。

西陣といえば西陣織。京都を代表する伝統産業のひとつであり、この界隈には今も織物文化の痕跡が残る。大きな工房だけではなく、小さな町工場や職人の仕事場が点在しているのが特徴だ。

木材屋が酒場になる店「井倉木材」

京都府庁の西側、静かな住宅街の中にある老舗木材店。
昼は本業の材木屋、そして夕方17時になると暖簾が掛かり、立ち飲み酒場へと姿を変える。そんな唯一無二の店として、京都好きや酒場好きの間で知られている。

店主は4代続く木材屋を継ぎながら、「酒場をやりたい」という夢を形にしたという。木材置き場だったスペースに板を渡してテーブルを作り、ビールケースを椅子代わりにする。飾り込みすぎないのに、不思議と格好いい。

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